August 26, 2006

真であること、善くあること、美しいこと

トーマの心臓
これがぼくの愛
これがぼくの心臓の音
きみにはわかっているはず
甘美・醜美・耽美・・・美しい
真である。トーマに、彼らにとっては。
善くない。トーマが生きているならもっと多くの人を救えただろう。
感動する。その美しさゆえに。

狂うこと、信じること。
誰か一人でも信じてくれてさえいれば救いになり得る。宗教が誕生する。
たとえ狂っていたとしても。
・・・
あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。
悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。
・・・
ルカ福音書 15節
イエスはこう言ったのだ。「私は善人ではなく罪人を救う」と。
罰から逃がすことはできないが救うことはできる。社会的・肉体的にではなく精神的に。
社会は、政治は99匹のためにある。99匹のためにあってこその社会であり政治である。1匹のためにあってはならないのだ。
だが宗教は、文学は99匹のためではなく、1匹のためにある。1匹のためになくてはならないのだ。
と、福田恒存が言いたかったかどうかは定かではない(笑

私も99匹の為でなく1匹の為に在る。

だからこそ、トーマの心臓は真であり美しいが善くない。
彼らにとって真であるのは認めるが、彼らは私の1匹ではないのだから。

人は二度死ぬという
まず自己の死、
そしてのち他者に忘れ去られることの死
私が死ぬならば私が認識する私が死ぬだけだ。
そして私は他者が認識する私を知れない。
私に在るのは私が認識する私だけなんだ。
世界は私の為だけに在る


Posted by sincity_luna at 16:42│Comments(1)TrackBack(0) 見 読 

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この記事へのコメント
U R A.I.M.M.

( ̄ー ̄)ニヤリッ

Posted by funny-bunny-suicides at August 27, 2006 20:26
 
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